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 ✤ ハル(来舞)
Posted on 02.2013
1時26分。

中途半端。一言で言えば、まさにそれである。
仕事をするにも、訓練をするにも足りない。

(自分の席が窓際で良かった。少なくとも、ぼんやり窓の外を見ている事は出来る)

非生産的ではあるが、と心の中で付け加えながら、舞は言葉通りに窓の外を見ていた。
春の日差しは真夏程ではないけれど、グラウンドを眩しく照りつけている。
スカウトの若宮が、走っていた。

昼食に行っていた女子が帰って来て、教室が賑やかになった。
皆、加藤の席を囲むように、そのまま集まり喋っている。
知り合って三日目とは思えないその様子に、
『コミュニケーションは大事よ』と原整備主任が言った事を思い出し、
舞は(すくっ)と腰を上げた。しかし、

( …壬生屋、UVケアとは何なのだ?)

自分に分からない話題であるなら聞けば良いものを、舞はそのまま(すとん)とまた椅子に腰を下ろした。
一瞬でも躊躇すると、もう体は動かなかった。時として、勢いは大事だ。


「先輩、今度の日曜日なんですけど~」
突然、後ろで滝川の声がして、舞はハッと振り向いた。
後ろの席は、授業態度が大変よろしくない大きな男の席。
ドタドタと近づいて来る滝川の足音には気づいていたが、彼がいた事には気づかなかった。
喋りっぱなしの滝川に対して、彼はたまに「ああ・・」「そうか・・」程度の返事をするだけである。

( …楽しいのか?滝川)

舞と同じく、人と話すのが得意そうでない上に、かなり話しかけ難いタイプに見える。
にも関わらず、彼にはそれでも話しかけて来る人間が何人かいる。

( ……何故だ?)




舞が『来須銀河』という、只者では済まされないような名前の男に興味を持ったのは、この時からである。




+++++ ハル +++++





翌日も晴れた朝だった。
舞は早速、売店の前にいる来須を見つけた。
何か買ったのかとのぞき込めば、
彼の持ち物は『来須の帽子』、『来須の弁当』、以上。だった。

(欲しい物はなかったのか?そういえば、何が好きなのだろうこの男は)
そう思って顔を見上げた所で、目が合った。

「行くか …」

誰かと教室へ行くのは初めてなので、照れくさくもあったが、
それよりとにかく、何を話せばよいのか分からない。
しかし、黙っているのは向こうも同じ。それが、何となく舞を楽にさせた。
肩の力が抜けると、とりあえずさっき思った事を口にした。

「お前、何が好きなのだ?さっき、売店で何か買おうとしていたようだが、なかったのか?」
「 … 紅茶 … 今朝はなかった」

「そうか」
「 … そうだ」





「芝村さんはどうするの?」
速水が舞に訊ねる。

「何がだ?」
「え?だから、お昼 …」
速水の後ろでは、滝川と瀬戸口と来須が舞の方を見ている。

『昼メシにしよーぜぇ』
そう言う滝川の声が耳に入ったが、舞は自分が数に入っているとは思わなかったのだ。

「どっ何処へ行くのだ?」
「滝川ー、何処で食べるの?」
「味のれん。俺、弁当ないんだよ」
滝川は何も持ってない両手をパッと見せて、ニッと笑った。

「私は、弁当を持って来ているのでな」
「そっか、じゃあまた今度ね」
同じ3番機パイロットの速水が通訳のように間に入ったのは、初日から舞は彼とは話せたし、
速水も、滝川を含めて大抵の者が舞を苦手だと知っていたからだ。

4人が出て行った後には、もう教室に人の気配はなかった。
さっきまで沢山の人間がいた場所独特の、名残のようなモノはあったけれど。
天気の良いこんな日は、プレハブ校舎屋上で食べる者も多いだろう。

「では、ここで食べるとするか」
「そうですねェ」


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ガターンとハデな音をたてて、舞の机がひっくり返った。


「・・岩田っ?」
先の来須同様、舞は後ろの席にいた人物に、全く気づかなかった。

「僕の事は気にしないでくださいィ」
「気にするわっ!何故わざわざその席に座る!?
 二組の者が一組教室を使うななどと心の狭い事は言わん。
 しかしだな、見ろっ!これだけ空いてる席があるのだぞっ?」
「お弁当を食べるにはイイ席だからですよー。窓際で黒板からも遠いですからァー♪」
岩田はもう自分の弁当に向かって、いただきますのポーズをしている。
舞はとりあえず、机を直し、落ちた弁当箱を拾った。
包みを解く前だったので、中身は無事である。…衛生的には。

「交換しましょうか?僕のせいといえばそうですし」
珍しくマトモな喋り方で岩田が提案して来た。
「 … お前の弁当を見せてみろ」

筑前煮、ほうれん草のおひたし、だし巻き、天むす。悔しくなるくらい美味しそうであった。

「よかろう」
舞は右手で(ぐいっ)と自分の弁当を岩田につきつけ、左手で岩田の弁当を取った。

(美味しそうに見えて本当に美味しいとは、岩田のくせに普通ではないか。フン、つまらん)
舞はいいがかりのようにそんな事を思いながらも、きれいにそれを食べ切った。
当たり前だが、量は舞の弁当よりかなり多い。なのに、デザートのわらびもちまで食べてしまった。
岩田も、ぐしゃぐしゃになり卵焼きと合体したタコさんウインナや激しく片方に寄ったふりかけごはんを、
平気な顔でキレイに食べ終えた。

「お前、私の弁当では足りなかったろう?これをやる」
舞はごそごそと鞄から『やきそばパン』を取り出して、岩田(が座っている来須)の机の上に置いた。

「では、遠慮なく~夜食にいただきましょ♪」
岩田はやきそばパンを手に、ゆらゆらと揺れながら立ち上がった。
そして、何処に持っていたのか紅茶の缶を、ゴロゴロと机の上を転がして舞に渡した。

「 …僕みたいなのでも、大丈夫だったでしょ?アナタ、ちゃんと出来ましたよ」
「何が …?」
岩田は舞の問いに答える気は全くない様子で、器用に体を揺らしながら教室を出て行った。


(あれも、変わった男だ)
岩田が去った後は、今度こそ本当に一人だった。


時計の針は13時3分。
午後の授業は自主休校に決めて、3番機の性能UPに励む事にした。
ハンガー二階へは裏庭に入って一番近い階段を使う。
カンカンカン・・と金属音を鳴らして駆け上ると、
ハンガー二階左側では、3番機整備士の森と狩谷が昼休みだというのに熱心に仕事をしていた。
その横で、何やら話をしている3番機整備士の小杉と来須に擦れ違った時、舞はふと思った。

(場所的に、来須が小杉に話しかけたと見た)
舞は聞き耳を立てたくなったが、あいにく作業中のハンガー内は、静かな場所ではない。
壁に貼られた生徒技能表他を見るふりをして、ちらりと様子をうかがう。
小杉の口が閉じているという事は、見詰め合ってでもいない限り来須が話しているということになる。

(あの男と一方的でなく会話出来る人間か。大したものだ)

優しげな表情で来須の話を聞いていた小杉が、舞に気づき、にこっと笑いかけて来た。
来須はゆっくりとヨーコの視線を追う。
慌ててハンガー左へと逃げた舞を見て、
味のれんからここに直行していた速水が「どーしたの?」と聞いて来た。
舞はぶんぶんと首を振り、それからしばらくしてまた、そっと整備士達のいる方へ足を踏み入れた。

小杉はそこにいたが、来須も、森と狩谷までもがいなかった。

「森サンか、狩谷クンに、用でシたか?一番機のオー援に、行きマシタよ」
彼らに用というのではないので、舞は返答に困ってしまった。
小杉ヨーコとは、初日にお互い自己紹介をしただけである。
同じ3番機に関わる者とはいえ、クラスが違うし、まだ3番機は1番機と違って大きな破損もしていない。
もっとも、舞は同じ組の女子とも、まだ自己紹介しかしていなかったが。

「芝村サンは、小柄でイーですネ。ワタシは大きいのデ、コクピットはキツそうです」
小杉は仕事の手を自然に止めて、舞に話しかけて来た。

「狭そうに見えるが、中に入ればそうでもないぞ。来須や若宮でも大丈夫なくらいだ。
 まあ・・二人が二人とも3番機パイロットというのは想像したくないが」
舞は冗談を言ったつもりは勿論ない。むしろ大真面目に答えた。
しかし、小杉はふふっと笑った。それは、不快な笑いではなかった。
それから小杉は、あ、と思い出したように、声を出し、
「来須クンに用でシたか?さっき、コチラを見てマシタね?彼ならグラウンドはずれだと思いマスよ」
「分かった。行ってみる」
舞はこれ以上仕事の邪魔をしてもいけないと思い、ハンガーを出た。
裏庭まで来て、礼の言葉を言えば良かったとも思った。

(ありが・ありがとう、だな。よし、今度このような事があったら言おう)
舞は小杉に、速水とは違った話し易さを感じていた。
さっき岩田と昼食をとって自覚したのは、どうやら同性と話す方が緊張も苦手意識も大きいようだという事だ。
しかし、小杉は舞を緊張させなかった。

素直にグラウンドはずれまで来ると、懸垂中の来須がいた。
重そうななまでに筋肉がついた体を、軽々と自ら何度も持ち上げている。

(私も、あの体が欲しいものだ。そしたら、どんなに強くなれるだろう)
舞は憧れにも似た目で、来須をじっと見ていた。
これがサンドバッグだったら、いくら来須でも「使いたいのか?」と聞いただろうが、
鉄棒は一人用ではない。やりたければ横でやれば良いのだ。

舞はしばらく来須を観察した後、予鈴を聞き条件反射的に教室へ戻った。
席について、自主休校の予定だった事を思い出したが、坂上が時間より早く教室に入って来たので、
もう抜け出せなかった。





閉店間際の売店で、舞は今朝はなかった筈の、紅茶の缶を見つけた。
「でも、手違い続きで一本しか入らなかったんですよ」
売店のお姉さんが申し訳なさそうに言った。
お金を渡すと、売店のお姉さんは舞に「ありがとうね」と言い、
舞の後ろを見て「ごめんなさいね」と言った。

「?… あ、お前、」
「 … 」
来須は無表情に帽子を被り直し、廊下を歩いて行った。

「待て」
舞は来須を呼びとめると、当たり前の顔をして紅茶の缶を渡した。
「お前に買ったのだ。丁度良かった」

「 … … 」
「要らんのか?私も紅茶は好きだが、もう一本持っているから良いのだ」
来須はほんの少しだけ笑った顔で、紅茶の缶を受け取った。

「良かった。私はまだ皆とあまり話をしていなくてな、人の好みなどお前の好みしか知らん。
 岩田のように偶然好きな物をくれる場合もあるだろうが」
「岩田?」
舞は昼休みの事を話した。
「私はやったつもりなのだが、岩田は交換のつもりだったらしい。たまたま持ってた紅茶をくれた」
「 … … 」
「なあ、小杉の好きなものは何だ?」
「知らん」
「ふん、教えるのが嫌か。よい。自分で聞く。私でも小杉とは話せるのだ」
「本当に、知らん」
「よい。自分で聞く」






夜。

舞が裏マーケットへ掘り出し物を探しに行くと、小杉も入って行くのが見えた。
薄暗い店内、商品が並んだ棚の前にいる小杉の横に立つと、小杉の方から話しかけて来た。
「お目当てのモノ、ありマスか?」
「エアミニマムが欲しいのだが・・まだないな。小杉はあったのか?」
「ワタシはありましたデス」
と『週刊トレンディー』を手に取った。
「それが好きなのか?」
「ハイ、見ていて楽しいデスよ。お昼休み見まスか?明日持って来ますヨ」
「あ・ありがとう」
「デハ、また明日デス」


小杉は帰宅し、舞は再び学校に戻った。まだ運動力の訓練をしておきたかった。
その為の『エアミニマム』だったが、無いものは仕方がない。
ロビーからグラウンドに出ると、スカウトの二人が走っていた。
この時間にまだ学校にいるのは、体力的に彼らくらいだろうと舞は思った。

ザッザッ・・と砂土の上を歩く音が近づき、見ると、来須がいつのまにか舞の方へ歩いて来ている。

(ああ、トイレか)

「 … … 」
来須は舞の前で、立ち塞がるように足を止めた。

「何だ?トイレではないのか?」
「 … … 違う」
「 … … 」
「 … … 」

(もしかして、私から何か話すのを待っているのか?確かに、今日お前とは随分話をした気がするが …
 だからといって、私に小杉のような話術を期待されても困るのだっ!お前と私は似たり寄ったりだ。
 さあ、どんなに口下手だろうが聞いてやる。何でも話すが良い)

舞は目で力強くそう話しかけたが、来須は黙って舞を見下ろしたままだ。

「あ、もしかしてお前、情報が欲しいのか?」
「?」
「小杉の好きなものを知らないと言ってたろう?
 私はそっちの方面には疎くてすぐにピンとは来なかったが、異性には聞きにくいものなのだろう。
 同性だと『好きな人』とか結構聞けるようなのだが、私は同性に親しい者がまだおらぬから …
 でも、小杉とは仲良くなれそうな気がするのだ。知りたいなら、聞いてやっても良いぞ?」
「要らん」
「そうだな、自分で聞いた方が男らしいというものだろう」
「 … … なお世話だ」
搾り出すような地声が、不機嫌さを増して更に低い事に、舞でさえ気がつきハッと顔を上げた。
もう来須は舞の横を通り過ぎて、暗い廊下の向こうに消えて行った。






噴水のふちに腰を掛けて、がっくりと項垂れる舞の視界に、ゆらゆらと白く揺れるものが入った。  

「どうしましたァ?」
「お前、体力なさそうなのに … まだいたのか?」
「アナタにやきそばパンをもらいましたからねェ。いつもより長く仕事が出来ました」
「見かけによらず、仕事熱心なのだな … 」
「アナタも芝村にしては面白い人ですねェ」
「面白くなんか、ない。さっきも来須を怒らせた … し」
「彼を怒らせるのは、結構難しいと思いますよ。アナタ、中々やりますねェ」
岩田は舞の隣に座り、足を組み頬杖をついた。

「私は、今日はお前と、来須と、小杉と話した。思ったより、話せたのだ。
 速水以外の者と話らしい話をするのは初めてだったし、
 来須は私と似ている気がして、つい調子に乗って馴れ馴れしくし過ぎたようだ。
 来須が気になってるらしい者の好きな人を聞いてやろうかと言ったら … 怒った」

「成る程ねェ。私は彼の事はよく知りませんが、ま、男ですからね。アナタよりは勘違いしませんよ」
「勘違い?」
岩田は答えず立ち上がると、舞の目の前にひらりと手を出した。
細く長い指の間には、手品で出す玉のように、4個のキャンディー。
「何をやっておる」
「これが僕のやり方です。ハイ、両手を出してェー」
バラバラバラ・・と舞の手の平にキャンディーを落とすと、背中を軽く叩いた。
今日はもう帰りなさいという合図のように。





「さてと … あなたも欲しいんですかァ?キャンディー」
岩田はロビーの暗闇から、姿を現した来須に向かって言った。

「おそらくあなたが小杉さんに言ったのは、『芝村と仲良くしてやってくれ』辺りでしょ?」
「 … … 」
「おや、当たってました?でもねェ、僕に分かってもしょーがないでしょーが。
 言葉にした所で言葉通りに伝わるとは限らないものですよ。
 言って悔いる事も、言わずにすむ事も多いですが、それでも、人は言葉を大切にする生き物です。
 沈黙があなたのやり方なら、それもいーですケドね、
 あなた、それで舞に通じるなんて図々しい事は考えないでくださいね。
 人はそんなに便利には出来てないんですよォ?」
「 … … 」



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(遅い!遅刻してしまうではないかっ)

舞は女子トイレの入口からひょこっと顔を出し、売店を張っていた。
校門で待ち伏せては目立つと思ったらしいが、どうやら充分に目立っている。
女子高の生徒達にじろじろと見られるのも構わずに、舞はじっとロビーを睨みつけていた。
彼女の腕に抱えられているのは、10本程の紅茶の缶。


じりじり じりじり


( … … もしや売店には寄らずに校舎裏を通って教室に行ったのか?
 まあ私にはテレポートパスがあるからギリギリまでねばってみても良いか)


じりじり じりじり


( … … 来たっ)

ようやく姿を見せた来須に反応して、たっ、と勢い良く飛び出す。
その拍子に、一本が腕から落ちた。


ガコン・ゴロゴロ


鈍い金属音を耳にして、来須が廊下の方へと顔を向ける。
足元に転がって来た音の主には見向きもせずに、まっすぐ、口元をきゅっ・・ときつく結んでいる舞を見た。


「 … … 」
「いっ・嫌がらせで買い占めたわけではないぞっ。これは全部お前のだ。 … … 昨日はすまなかったな」
「 … … 」

舞は来須に顎で『早く腕の中の紅茶を取れ』と促した。
偉そうなしぐさも、見下ろす位置から見ればかわいらしいものにしか見えない。

来須は昨日と同じ少しだけ笑った顔を見せて、まず落ちた一本を拾い、それから他の全部を受け取った。

「待て、落としたのは私が飲む」

舞の言葉に、来須は背中を向けたまま一本を後ろに投げてよこした。
声で判断した通りの位置にいた舞が、難なくそれをキャッチする。

「あ?これは … 」

落ちたものではない、と思ったが、舞は何となくそれ以上を言うのはやめた。


「もしかして、このままでは遅刻ではないのか?」
「そうだな」
「何故走らんのだ」
「走っても間に合わないからだ」
「私はテレポートパスを使わせてもらうぞ」
「かまわん」
「 … … 」
「どうした」
「本田も遅刻だ。後ろから走って来た。お前も走れ」
「わかった」

二人で走り出すと、風がザッと廊下を通り抜けた。


外は曇り空。
視界がくっきりして遠くまでよく見えるこんな日は、幻獣が出る。





「芝村サン、ランチに来マシタよ」

午前の授業が終わると、小杉ヨーコが一組教室の入口から顔を出した。
手にはお弁当と『週刊トレンディー』。昨日の約束を、覚えていたのだ。

「若宮クンも一緒にランチどうデスカ?」
「ああ、そうしよう」

舞の席まで来る途中、若宮にも声をかけて、
小杉は舞の隣の席に座り、体は舞の方に向けたまま後ろの席に弁当を置いた。
そして、ヨーコの後ろの席に若宮が座る。
小杉に会わせて体を小杉の方に向けて弁当を後ろの席に置くと、すでに来須の弁当が置かれてあった。
そこは来須の机なのだから、当然といえば当然である。





「今日ハ、サンドイッチなのデス。ひとつドーゾ」
「ではおむすびを取るがいい。手前から梅干、おかか、昆布だ」
形良く長方形に切りそろえられたミックスサンドを受け取り、自分の弁当箱を差し出す。
小杉は『おかか』を知らないので、食べて見たいとそれを取った。

「芝村の弁当は小さいなあ。それで足りるのか?」

若宮が舞に声をかけて来た。
初対面の時に芝村嫌いを隠そうともしなかった彼だが、その後はそれをあからさまに出そうとはしない。
ただ、話しかけて来たのは今が初めてだ。
若宮の弁当は、来須の弁当と同じ大きさのものが3個。
一つに白飯がびっしり。一つにオカズがびっしり。一つに果物がびっしり。
そして、来須の弁当はヨーコのサンドイッチとそっくりである。

「あ?お前の弁当・・」

『恋人関係になると、女子が男子に毎日手作り弁当を渡す事になっている』
と、いう話くらいは舞も知っていた。

「そうか、すでにそうであったか。それは余計な世話というものだったな」

ふんふんと頷き、舞はサンドイッチをぱくんとかじった。
マスタードが程よくきいていて美味しい。
さすがは家事技能3の腕前である。

「 … 何を一人で納得している」
「オトートにカノジョが出来るまでハ、作ってあげるのデス」


一瞬の間。

「おとーと?」

いつもより高い声で聞き返す。
舞本人は自覚していないが、こちらが本来の地声なのかもしれない。

「義姉だ」
「ヨーコはオネーサンなのデス」
「何だ、芝村は知らなかったのか」

知らなかったとも。
舞は梅のおむすびを手に、横目で来須を見た。
義理という事が強調されたように似ていない。
でも、宝石のような色の目は、色こそ違ったけれど、二人とも優しい淡い色をしている。


来須が飲み干した紅茶の缶を机にトンと置くと、シャラ・・と耳に心地良い音がした。
彼の手首には数本のプレスレット。

「それ、邪魔にならないか?」

綺麗よりも何よりも、まず思った事はそれらしい。

「 … ああ」

舞の質問に、来須はわずかに口の端を上げる。
それは、舞にとって、少しだけ見慣れた顔になった。








「ウチらも見せてもーてええ?」

食事を終え、ヨーコが来須の席に移り、二人で『週刊トレンディー』を見ていると、
さっきから声をかけようかどうしようか迷っていた様子の加藤と壬生屋が声をかけて来た。

「どーぞデス」
「かまわん」

加藤と壬生屋は近くの席の椅子を寄せて座り、
雑誌のモデルが着ている服に女の子らしい興味を持って、あれこれと話し始めた。
舞は服の事はよく分からない。ついでにアクセサリの事もよく分からない。
しかし『この中でどれがいい?』と聞かれたら答えられる。
流行りは知らなくても、自分の好みというものは誰にでもある。

「へェ。芝村さん、ウチと好み似てるなあ。デートん時は服貸し合いっこせえへん?」
「でーとん? … … デ … !?わっ私はそんな相手など・おらぬっ」

赤くなり、わたわたと慌てる舞を見て、ヨーコと壬生屋がくすくすと笑う。

「そうなん?
 昨日も今日も朝は来須君と教室来たし、さっきは一緒にお弁当食べてたし、ウチてっきり…
 あ!男の好みまで似てたら困るわあ~なっちゃんはあかんで芝村さん!」
「なっちゃん?『な』がつく男 … 中村か?」
「違ーう!狩谷君っ」
「安心せよ。狩谷とも自己紹介以上の展開はまだない」
「くすくす … 芝村さんて、面白い人だったんですね」

岩田といい壬生屋といい、何故そんな事を言うのか舞には全く分からない。
冗談は上手くないのが芝村だ。そして、自分でも面白い人間ではないと思っているのに。

「こんな話もするんやねぇ。芝村さんてかなりとっつき難かってん。
 速水くんや来須君とは喋ってたみたいやけど、女子とは全然やったやん?
 でも見たらヨーコさんと『週刊トレンディー』見てるねんもん。びっくりしたわ」

そう言い、加藤は、明日はみんなで一緒にお弁当を食べようと約束してくれた。





出撃。

部署の変更はまだなく、初日の通りである。
したがって、舞は三番機パイロット、来須はスカウト。



いつ死ぬか分からない人間を好きになる。
その苦しさを、実感として舞が知るのは今日よりもずっと後の事だ。

とん

午前の授業が終わると、舞は当たり前のように自分の弁当を後ろの机に置くようになった。
来須も以前は夜食にとっておいた弁当を、昼に食べるようになった。
一緒に味のれんへ行けなくなった滝川はどうしているかといえば、
可愛い彼女が出来て手作り弁当を二人仲良く食べている。
しかし、相変わらず来須の弁当は『来須の(義姉の手作り)弁当』であり、『舞の手作り弁当』ではない。




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ヨーコが作った手ごねハンバーグと自分の(袋のままお湯で三分温めるだけの)
ミートボールを交換せよと図々しい提案を通し、家事技能3の料理を美味しく食べていると、
来須に日曜日は空けておけというような事を言われた。

「よかろう。スカウトの仕事を手伝えば良いのか?
 それとも、部屋の模様替えをするから家具を動かすのを手伝えとかそういう用か?」

いや、そういう用事なら若宮に頼むだろう。来須はキャラにもなくツッコミそうになった。

「何処でもいい。お前の行きたい所へ行く」
「?」
「 … … 」
「 … … … … ?」
「 … … … … … … 」

(はっっ!これはもしやデートに誘われているのか!?)

少し前まではデートとは恋人同志で何処かへ行く事だと思っていた舞だが、
原やののみは特定の人物以外とよく出かけている。
舞はごぞごそと辞書でデートという項目を引出した。
『男女が日時を定めて会う事』。例文として「恋人とデートする」とある。

(つまり、恋人でない者とデートする場合もあるという事か。どうやら深く考える程の事もないらしい)

舞はふむふむと納得すると、辞書を閉じ来須を見上げた。

「私は来月15になるが、誰かとデートなんて初めてだ。
 お前となら良い。それで、私は具体的に何をすれば良いのだ?」
「だから、お前が行きたい所へ行く」
「では、行きたい所というのを考えておく」

そわそわと嬉しそうな舞の様子に、缶紅茶を飲んでいた来須の顔も緩む。



「小杉の弁当は美味いな。男は手作り弁当をもらえて良いな」

空になった来須の弁当箱を見て、料理が得意ではない舞は心からそう思い呟いた。
自分が手作り弁当を作る立場になるかもしれないなんて事は、全く頭にない。




+++ 




「ウチはこんなん」
加藤祭はくすんだピンクのシンプルなデザインのワンピース。

「わたし・・は・・これ・・よ」
石津萌は西洋の人形が履いているような茶色い皮のブーツ。

「わたくしは和服しか持ってなくて。でも、イヤリングなら色々と」
壬生屋未央はアクセサリーBOX。

「ののみはねー、ふわふわのかばんなのー」
東原ののみはぬいぐるみのような素材のバッグ。

「ワタシはサイズが合わナイのデ、コレなのです」
小杉ヨーコは桜貝の色のマニキュアのビンを取り出した。

それらに囲まれて、芝村舞はまだ寝起きのぼさぼさ頭のまま呆然としていた。
チャイムに起こされてドアを開けてみれば、彼らがイキナリ雪崩込んで来たのである。

「・・何・・だ?何事だ?何故こんなに朝早くに皆が私の部屋にいるのだ?」
「何でって、待ち合わせは九時やろ?それまでに用意せんと。ホラ、ぼーっとしとらんとシャワーしといで」
「朝食はワタシが作りマスね。キッチン、入りますヨ?」
「ののみも手伝うー」
「わた・・し・・この・・部屋・・片付けて・・も・・いいか・・しら」

とにかく、目を覚まさなければと舞は熱いシャワーを浴びる。

(何故だ?何故皆が知っているのだ?)

舞は誰にも言ってないし、来須も誰かにそれを言うタイプではない。
考えられるのは、同居している義姉に『日曜は出かけるので食事の用意は要らない』とでも言ったかという事くらいで。
その後の会話が『誰と出かけるのデスか?』『芝村だ』と、多分こんな所だろうというくらいで。
そして、小隊では何故かデートの待ち合わせは校門前に9時と決まっている。
髪と体を拭き、下着をつけた所で壬生屋に呼ばれた。

「服を着る前に軽く髪を乾かしましょうね。こちらにいらしてくださいな」

壬生屋は舞を姿見の前に座らせると、美容院のお姉さんのようにブローを始めた。
彼女も長い髪をしているからだろう。とても手つきが良い。
半乾きになった所で風邪をひかないように加藤が持って来た服を着せて、またブローを続ける。
その間に、朝食の盛りつけをののみと萌に任せたヨーコが舞の爪にマニキュアを塗る。
さらさらに梳かした髪の手触りに、壬生屋は満足そうに「よし」と言った。

「うんうん、似合ってるで。星を見に行くんやったら、ロマンチックなカッコせんと♪」

(何故そこまで知っているのだ加藤)

チケットを用意したのは舞だ。そして、当事者の来須でさえ、今日何処へ行くかはまだ知らない。
加藤屋恐るべし。

「皆、今日はヒマなのか?」
「ウチらはな。けど、校門には萌とヨーコさんと一緒に行き。
 ウチとののちゃんと未央はボウリング行くから、アンタら来んとってやー。目の毒やさかい」
「小杉と石津はともかく、私と来須は別に毒にはならんぞ?」
「だって、デートされるのでしょう?」
「デートだが、私と来須は恋人同志ではないのだから。ののみも速水や瀬戸口やブータと出かけるであろう?
 あれと同じだ。もっとも、私を誘うなど来須くらいだがな。
  … … どうしたのだ?」

ぽかんと皆の顔を見回す舞を見て、一同、ののみまでもが来須に心からエールを送った。
頑張れ、頑張れよと。



+++



9時5分前。
校門には中村が呑気そうに立っていた。

「あ、ダーリンもう来てマス。ゴメンナサイ、ワタシ、先に行くデス」
ヨーコが髪を背中で躍らせ嬉しそうに駆けて行った。大柄なヨーコがとても可愛く見える。

「滝川はまだのようだな」
「いつ・・も・・遅れる・・の。あと十分くらい・・した・・ら・・向こうから・・走って来る・・わ」

萌は頬を染めて滝川がいつも通って来る道を見た。

9時ジャスト。
来須が途中で一緒になった若宮と一緒に姿を現わした。
大きい二人が並んで歩くと目立つ。

「遠近が・・狂うわね・・」

近づいて来る二人に、萌がもっともな事を言う。
若宮は意味ありげに舞を見て笑った。そして、これまた意味ありげに来須の肩をポンとひとつ叩いた。

「では、先に行く。石津、靴を・・ありがとう」
「いい・・のよ。いって・・らっしゃい・・」


「石津に借りたのか?」
「ああ、今朝、皆が突然やって来てな」

舞は今朝の事を話した。

「義姉がいつもより早く出たのはそういう事だったか」
「遊ばれたような気もするのだが、ヘンか?お前を正直者と見込んで聞くが、ヘンではないか?」
「いや、似合っている」
「そうか?お前がそう言うのなら信じよう」

キツい顔立ちの印象が優先されがちだが、
髪を下ろして今日のような服を着ていると、少女らしい可愛らしさに道行く男も振り返るというものだ。
もし、さっきのように石津と二人で立っているのが街中であったなら、たちまち声をかけられまくっていただろう。

「私はボウリングは苦手でな。プールも色々と自信がないのでな。
 それで、消去法で決まったようなものだが、星を見るのも良いと思ったのは本当だ」

舞はプラネタリウムのチケットを来須に見せた。

「興味ないか?サッカーの方が良かったか?」
「お前が行きたい所へ行くと言っただろう」
「よく分からんが、お前、それで楽しいのか?」
「ああ」
「時には自分の意見を主張するのも大事だぞ。言わなければ希望は通らない」
「その時にはする」
「その時なんかあるのか?お前はいつもそんなだ」
「 … そうだな … では、明日だ。明日、希望というのを言ってみる」
「そうか、私は賛成してやるから、私もいる所で提案するといい」

舞は何故か来須が今まで提案した事のない『みんなで昼食』や『作戦会議をしよう』辺りだと思い、
来須の大きな背中をぽむぽむと叩いてやった。

「 … 本当に、賛成するか?」
「すると言っただろう。私を信じよ」

珍しく満面の笑みを見せた来須には気づかずに、舞は春の風に吹かれて、坂の上から見える街並みを眺めていた。




全ては、まだこれからの、三月の終わり。
やがて、仕組まれた運命の相手と共に幻獣を300体撃墜する事も、親しい友との別れも、来須と過ごす日々も、



全ては、これからの。


cetegory : 他ゲーム二次創作  ✤   ✤ 
2013年04月02日(火)  15:03 by 菊永まき

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