Posted on
20.2010
「 面倒な人だなあ 」
春の陽気で気持ちが緩んでいたのか、雑巾を絞りながら、呟いていた。
「 誰が?」
いつのまにか、後ろの縁側に沖田さんが腰掛けていて、こちらを見ている。
暇そうに足をぶらぶらさせている様子は、まるで子供だ。
「 沖田さんですよ 」
この人の意地悪にはすっかり慣れて、こうして時々やり返す。殺されない程度に、ではあるが。
「 嘘。僕じゃないでしょ 」
「 沖田さん以上に面倒な人、いないじゃないですか 」
「 違うね。僕の事を言う時の顔って、そんなだし 」
ああ、この人は本当の意味で面倒な人だ。絡まれるに任せていては、掃除が終わらない。
わたしは返事の代わりに小さく溜息をつき、桶を持ち上げて移動する事にした。
「 山崎君に言っちゃおうかなあ。君が面倒くさい人だって言ってたよーって 」
桶の水が、ぱしゃっと跳ねた。
「 確かに、面倒くさいよねえ、彼。君と気が合うとは思わなかったなあ。
うん、ちゃんと言っておいてあげる 」
仲が悪いくせに。相手にされませんよ、と、流そうとして、
沖田さんの向こう、廊下の端にその人を見た。
山崎さんはほんの少し、困った顔をしたように思う。
すぐに、わたし達を避けるように奥へと戻って行く。
「 誤解されたままの方が僕は面白いんだけど、解きたいなら、さっさと追いかければ?」
沖田さんは頬杖をついて、何もない地面を見ている。
わたしは動揺していたけれど、まず、桶を置いて、気になった事を聞いておいた。
「 あの、沖田さんはどうして、山崎さんの事だと思ったんですか?
わたし、山崎さんの事、嫌いじゃないのに 」
「 じゃあ、僕の事は嫌いなんだ 」
「 そうじゃなくて 」
「 知ってるよ?君の言う面倒って、ややこしいよね。いつも見ていたくせに 」
そう言いながらも、沖田さんの声はどうしてか、今までで一番優しい。
洗いっぱなしの薄茶色の髪が風に揺れて、さらさらと耳に心地良く、
わたしは、この人の前で初めて、素直な気持ちになった。
「 いつも、見ていましたか 」
「 うん。いつも見ていたよ 」
山崎さんは走り去ったわけではないので、わたしはあっさりと追いついた。
そして、お約束のように躓いて、勢い余って彼の背中にしがみ付いた。
彼の身体は堅い木の幹のような感触で、変わり身の術でも使われたかと思うくらい、現実味がない。
男の人って、こんなものなんだろうかと、確かめるようにぺたぺたと触ってしまった。
「 今の状況を正直に言うと、驚いているんだが 」
「 すみませんっ!」
慌てて手を離した。立ち去られる前に、何か言わなければと焦るばかりで、言葉が見つからない。
山崎さんにしてみれば、自分のせいではないところで、他人にあれこれ思われて、
面倒な人だなんて悪口のように言われて、随分と不愉快な話だろう。
せめて誤解は解いておきたい。
「 俺は、君に面倒くさいと思われる程、接点はなかったと思うが 」
山崎さんの声には怒ったような含みもなく、いつもと変わらない。
そうか。相手にされてないのは、沖田さんよりわたしの方だ。
仲が悪いって、ちゃんと心に相手が存在する事だから。
わたしは、自分から声をかけた事もなかった。近づくだけで嫌われると思った。
だって、もし、好きだと知られたら、軽蔑されそうで怖い。
圧倒される生き様の人々に囲まれて、わたしは小さくなりながら、日々を過ごしていた。
こんな時に、こんな中で、好きな人が出来るなんて、浮かれている場合じゃないのにって、
ちゃんと分かってる。
「 面倒って、あの、そういう意味じゃないんです。
山崎さんとは、本当は仲良くなりたいのに、どうしていいかわからないから、こう・・・・・」
「 それは、俺がとっつき難いという事だろうか。俺は立場上、他との親交を制限している。
それが不快だとしても、俺の事は気にしないでもらいたい 」
「 いえ、不快なのではなくてですね、寧ろ、山崎さんがわたしを不快に思われるのがですね 」
「 俺が君を不快に思う理由はない。すまないが、君くらいの女の子の事は、
俺には理解出来そうにない。これ以上、話していても無駄だ。もう、行っていいだろうか」
話はここまでと手の平で制して、山崎さんは早足で歩き出した。
それを見てわたしは、両手を握り締めて、離れて行く背中に、叫んでいた。
「 理由ならありますよ。わたし、山崎さんが一番好きだから! 」
あ、わたし、今、開き直ったなあ。
これ、もし、沖田さんがまだいたら、きっと聞こえているなあ。
なんて、結構、冷静に思う自分が可笑しくて、
ああもう、ここらで失恋しておくのもいいやって気持ちになった。
山崎さんは振り返りもしないけれど、去りもしない。
お互い、微動だにしないものだから、わたし達の周囲はしんとして、
わずかな葉擦れの音さえ聞こえる。
「 もしかして、すごく困ってます?」
山崎さんはわたしに背中を向けたまま、こくりと頷いた。
その様子から、嫌悪は感じられない。大丈夫。嫌われてない。怒ってない。
呆れて、はいるかもしれないけれど。
「 わたし、今は困るって、知ってた。ちゃんと知ってました。だから、保留でいいです。
もし、諦めなくていいのなら、 今は他の事が一番でいいので、わたしの事はもっと先でいいので、
いつか、ちゃんと考えてくれたら嬉しい 」
山崎さんは半身だけ振り返り、分かったと言ってくれた。
そして、何かを言いかけて、口元に手をやり止めた。
立ち去る時、ほんの少しだけ笑ってくれた。
沢山を手に入れられないと思うわたし達は、とても生真面目で、不器用に生きているのだと思う。
それくらい、わたし達のこの手は小さく弱い。
「 ふふ・・・」
足が震えている。へらっとした笑いがこみ上げる。
へたり込みそうになるのを我慢して、ぱぁんと腿を叩いた。
「 よし、頑張れる。わたし、頑張ろう!」
とりあえず、掃除を。それから、この恋も。
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山崎さんは、幻水でも来てくれている人にしか分からない例えだけど、
あのクルガンよりどうにもならん男です(笑)
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cetegory : 乙女ゲーム二次創作
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2010年05月20日(木) 16:24 by 菊永まき
2010年05月20日(木) 16:24 by 菊永まき